コラム

■大きいものと小さきもの

中国名:逍遥遊 昔の中国は、たくさんの国王が権力のために戦っていて、人々は安心して生活できなかった。荘子という人は、この厳しい状況を見て、「平和がほしいのう。何かいい方法はないだろうか。しかし、私は一般の人間だし・・・」そこで、「物語を語ろうではないか。みな、物語が好きじゃろう。物語を伝えれば、戦争をやめるかもしれん」と考えた。 荘子の物語がはじまる。  この世界の北の方の海に大きい魚がいる。その名は鯤という。この巨大な魚が、姿を変えて巨大の鳥となる。その名は鵬という。鵬が空を飛べば、その翼の大きいこと、まるで青空を覆う雲のようだ。鵬は海の強風に乗って、九万キロメートル南の方の海まで飛ぶ。「南の果ての海」とは天の池である。  鵬が空を飛ぶとき、地上にいたら見られないうつくしい景色を見た。鵬が「うつくしい眺めだ。これは自由の真実なのか」と考えた。  それを見て、スズメが鵬を笑った。「あいつはなぜこんな高いところを行くのか。おれは力いっぱい跳ねて飛び上がって、草のしげみの中を自由に遊ぶ。それでもう十分だよ。鵬は間抜けだな。」  しかし、これはおかしなことである。草の茂みでしか遊べないやつが、空を自由に飛び回れる鵬を笑うなんて。         物語はここで終わった。そして、荘子がこう反問した。  「今の官僚や国王たちが、幸福や本当の自由をよそに争いあっている。恵まれた生活を送っていたが、実は茂みの中を遊んでいるスズメみたいに、権力や野心の虜に過ぎないのではなかろうか。たとえ権力や名誉の追求をやめても、ありのまま生きれば、大空を飛ぶ鵬のような、本当の自由や幸福を手に入れられるのじゃ。」 紹介:コガイ

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