小学生だった私の密かな娯楽は、トランジスタラジオを寝床に持ち込み、片耳イヤホンでNHK第一放送の番組を聴くことだった。日曜日にTV放映される『ポパイ』が午後8時に終わると、否応なく寝床に入ることが当家の掟だったが、オリーブの甲高い声を散々聞かされた後にすぐ寝つけるはずもなく、「文芸劇場」という45分間のラジオドラマを聴いた。裏窓から見える男女の物語や、幾重にも紡ぎ出される人生の不条理に耳をそばだてて、ますます目は冴え、放送終了を知らせる午前0時の『君が代』が流れるのを何度聴いたことだろう。とりわけ心奪われたのは、泉鏡花が28歳の時に書いた小説『高野聖』(1900年)を脚色したドラマであった。その中心は、若狭へ帰省する「私」が車中で偶然知り合い、同宿することになった高野山の旅僧から聴かされる飛騨山中の怪異体験である。