2020年に劇場公開されたアリ・アスター監督のホラー映画作品『ミッドサマー』は、現代の北欧・ゲルマン神話の受容や表象を考える上で興味深い内容を持つ。主な舞台は、スウェーデンの離村ホルガである。90年に一度、夏至に開催される9日間の祝祭に数人のアメリカ人大学生らがスウェーデン人留学生の誘いで参加する。彼らは、白夜の穏やかな陽光と豊かな緑の中で行われる猟奇的な儀式にいつしか我知らず巻き込まれている。祝祭の中で、世界樹ユグドラシルを彷彿させる枯れた樹木は万物に繋がっている。ルーン文字を解読する者は近親婚で生まれた村人である。要所に入り込む舞踊と食事のシーンは朗らかでありながら、常に不気味さが漂う。作品全体には、北欧・ゲルマン神話の自然神崇拝の秘教的な雰囲気の中に、生と死と性が混在したペイガニズムのカルトな猟奇性が際立っている。 筆者が専門とするドイツ文化圏においてゲルマン神話のモチーフは、ナポレオン戦争によってナショナルアイデンティティが求められた19世紀前半以降、ハイネの詩やグリムのメルヒェン、ヴァーグナーの歌劇など様々な作品の中に勇壮な神々や英雄、崇高な自然の姿で登場する。ゲルマン表象は、ドイツではキリスト教支配へのカウンターの役割を果たすとともに、時代を経てますますナショナリズムの色彩を帯びていく。19世紀終盤にはフォルク(民族)の形容詞形フェルキッシュの概念とともに、ゲルマン的宗教やドイツ民族のアイデンティティと反ユダヤ主義が結び付いたフェルキッシュ運動が広がり、のちのナチスのイデオロギーが生まれる背景となった。このような歴史の事情ゆえに、ゲルマン的なモチーフが現代のドイツ文化の表舞台に登場することはあまりない。最近の音楽ジャンルでゲルマン表象は、パンクやブラックメタルのオカルティズムや悪魔崇拝などの異端的あるいはネオナチ的なイメージが強調されている。 日本において、記紀神話の内容は長い歴史の中で建国や天皇制のイデオロギーに結び付いてきた。戦後しばらくの間、日本神話のモチーフは因幡の白兎などの例外をのぞいて国語教科書に使用されることはなかったという。ただし、現代の日本文化で、特にサブカルチャーの領域で、神話素材はふんだんに使用されている。例えば映画では、宮崎駿作品『千と千尋の神隠し』において八百万の神々たちが色とりどりのユーモラスな姿で登場し、ほかにも多くの宮崎作品の中で自然は神話的な外観を纏っている。新海誠の最新作『すずめの戸締まり』の主人公の高校生岩戸鈴芽の名は、アマテラスの岩戸隠れの逸話に登場する女神アメノウズメに由来する。鈴芽の旅は宮崎県日南市と思われる海沿いの山村が出発地点であり、地震災害をめぐる物語の中で記紀神話のモチーフはふんだんに用いられている。 日本語学習者は、日本の映画やアニメ、漫画に関心を持っている場合が多い。日本語教育の現場で、日本神話にある大らかな神々の関係や動物の物語、豊かな自然のモチーフが用いられることは、そして宮崎にて学習者が宮崎由来の神話モチーフとともに日本語を学ぶことは、彼らのサブカル的な関心と連動して、日本語学習への意欲を高め、語彙の習得や文化理解の向上に大きく寄与するところがありそうである。 胡屋武志(宮崎大学、ドイツ語教育)