コラム

■民話こばなし

ヤシ酒が人びとを結びつけ幸をもたらす、ワザキは絶倫だーカメルーン‐バムン社会  中部アフリカ‐カメルーン‐バムン王国の民話、伝承には、王と民の豊饒のチカラを示すものが多い。王は、ディヴァイン‐キングシップ、神なる王権の頂上に位置し、祖先界の聖なるチカラ、豊穣を現世にもたらし、あらゆる幸と福の源となる、と謳われる。  バムン王国の起源は、神話のなかに込められている。およそ300年前、北東部からやってきたティカール牛牧民がこの地の農耕先住民を統合し出来上がったのが、バムン王国である。牛牧と農耕の象徴、ウシもヤシも神聖であり、新王の継承儀礼には、ウシの角盃とヤシ酒が用意される。新王は、重臣や地方の従属首長たちに、新しい王権の証「角盃からのヤシ酒」を与える。新王の前にひざまずいた家来たちは、両の素手ですくってヤシ酒をのみ干し、新しい王国の再出発と発展を誓い祝うのである。  このストーリーは、次のストーリーを生む。ストーリー連鎖である。ローカルな地域生活や村文脈で、伝承となり儀礼の形に具象化して再現される。村で新村長は、王ほど大きいものは不可能だが、やはり角盃を用意してその中にヤシ酒をこめ、新村長の権威に服する家長たちに注ぎ与える。ストーリーや文化は、物量がなくとも、新規を拓きものごとを創造していく。村長と家長たちはこうしてヤシ酒のもとに結びつく。  家権を示す仰々しい角盃はなくとも、結びつきにヤシ酒は欠かせない。あの世からこの世に降りてきて結びつく誕生では、赤子をヤシ酒とヤシ油で洗い祝福する。男女の、両家族の結びつき、結婚には、必ずヤシ酒とヤシ油が結納として用意されなくてはならない。男と女の結びつき、恋の成就にも、ヤシ酒は不可欠だ。  バムン社会に住み始めた頃、何かにつけて話題にのぼるヤシ酒が、そんなに美味しいものかと、王都フンバンの街酒場に出かけてみた。酸味があるわずかに甘いアルコール度も低そうな白濁の酒は、確かにウマいといえばウマかった。酒場だから、酒飲みおじさんや若いカップルや青年娘さんたちが飲み語らっていた。  カメルーン一国のなかにも、日本人は数家族しかいなかった時代である。東洋人も稀少だ。めずらしいが、まだ見かけたこともある「シノワ」に酒場の兄チャン姉チャンが語りかけてきては、「ジョポネ」だと確認する。最初の姉チャンとは、飲みながら「東京からか」と聞かれ出身の文化を語りあった。次の姉チャンは、自分のヤシ酒瓶を私のテーブルにもってきて、日本酒について聞いてきた。味比べである。次の姉チャンは、日本語の挨拶を聞いていった。バムン語の文もたくさん教えてくれた。何人もバムン娘さんと、8人いたろうか、2時間も飲み交わしながらムニャムニャときわどいH話も含めて、語らい合った。すると、兄チャンたちが笑い転げ始めた。私は知らなかった。ヤシ酒は、人びとを結びつけるチカラを宿す。一つテーブルでヤシ酒を飲み干し合った男女は、その夜を伴にすることを確約されるのである。私は知らなかった。兄チャンたちは「8人だぜ!」と笑いこける。恋と愛を成就するヤシ酒のチカラは絶大だ。こうして、ワザキは、ヤシ酒のチカラで、おかげで、ご近所の評判のオトコになり、バムン社会に馴じんでいったのである 和崎春日(京都精華大学、文化人類学)

続きを読む➡